GONOSEN-II

文学、歴史、時事問題。 とりあえず、私はこう思う。

アメリカと中国の「恋愛関係」 2 (29)

前回、中国YMCA会長のデヴィッド・ユイがワシントンDCに行って、日本軍による満州占領の不義をアメリカ政府に直接訴えたことにふれた。だが、こうした政治家への呼びかけより、日米関係における大きな影響を及ぼしたのは、映画『大地』だったのだろう。

お気づきの読者もいるかもしれないが、23,000,000人ものアメリカ人が『大地』を観に行った1937年は、盧溝橋事件により日中戦争が本格化した年でもある。つまり、日本国内で、日中戦争がどう正当化されていたとしても、中国の農民を気の毒に思っていたアメリカ人にとっては、日中戦争に関するニュースは、「弱いものいじめ」や「酷い侵略戦争」の話にしか聞こえなかった。

一つの例を見てみよう。

ウィスコンシン州・ブレア市は、本当は「市」と呼ぶに至らないかもしれない。今日でも、凡そ1,200人しか住んでいない小さな田舎町であるが、当時(1937年)の人口は600人だけだった。週に一度だけ発行されていた新聞「ブレア・プレス」を読んでみると、住民の暮らしは相当のんびりしたものだったことがわかる。何しろ、6枚ぐらいしかない新聞紙の表紙を毎回彩るのは、日曜日の朝に行われた礼拝行事の報告や「週末、ジョンソン家は、トムソン家へ遊びに行きました」、「スミス家のおばあちゃんは、今週86歳になります」のような記事ばかりだ。広告と言えば、卵を買い取ってくれる農協支店と中古家具屋のものぐらいだ。

だが、こんなに小さな田舎町とはいえ、国際問題については関心が高かったようだ。「ブレア・プレス」の少ない連載記事の一つは、ウィスコンシン州代表の国会議員、マーリン・ハルの随筆である。

前置きが長くなったところで、ハル議員の言葉を引用しよう。日付は、盧溝橋事件から一ヶ月後の1937年8月14日:

『わが国における外務関係者及び知識人は、「戦争」の定義にこだわり過ぎだ。

合衆国議会において、今期早々に、中立法が新しく制定された。これは我々が海外の紛争に巻き込まれないための法律であり、この法の下では、戦争中の国々に対して、弾丸やその他の軍需品の通商禁止発令が可能となった。実際、この法の制定後、スペインへの軍需品通商は、大統領の発令によって早速禁止された。

一方、近頃、大日本帝国はまたまた中国の領土を占領し、何千人もの民間人(女性や子供も含め)が、日本の大砲と爆撃機の犠牲者になっている。どう考えてもこれは侵略戦争である。だが、日本に対しては、通商禁止令は発せられないまま、議会では、そんな発令についての考慮すら本格的に為されていない。しかも、一人の議員によると、法的に「戦争」として認識できるかどうかという疑問があるため、日中の紛争は中立法の対象外である。

スペインの町が破壊され、スペインの民間人が爆弾の犠牲者になれば、それは「戦争」である。だが、中国で同じことが起きても、それは「戦争」ではない……。法的にどんな違いがあっても、我々一般人から見れば、大西洋の向こうで起きる虐殺も、太平洋の向こうで起きる虐殺も、どちらもやっぱり「戦争」に見える』

残念ながら、次のような陰謀論を未だに耳にすることがあるので、ここでは少しだけふれてみよう:

『ルーズベルト大統領は、既に起きていたヨーロッパの大戦に、アメリカ軍を早く参戦させたかった。だが、一般のアメリカ人は海外で戦争することに反対だったので、ルーズベルトは、「金属くずや石油の通商禁止」というはかりごとを用いて、日本が先に攻撃するように仕掛けた。つまり、日本を怒らせれば、日本はアメリカを攻撃する。そして、その攻撃に憤激するアメリカの大衆は反撃したくなる。日本はドイツと同盟を結んでいたので、それはヨーロッパでの参戦にも繋がる。そんなはかりごとを利用したルーズベルトは、卑怯な策士だったのだ!』

上記のハル議員の記事を読めば、ルーズベルト大統領が金属くずや石油の通商禁止令を実際に発する3年も前から、日本への通商禁止は国会議員の間で話題になっていたことがわかる。しかも、「ブレア・プレス」にまでそんな議論が詳しく報告されるほどだったので、養鶏所の経営者やその他の農家、いかにも素朴な一般人の間でも、「通商禁止」という手段が議論されていたに違いない。ルーズベルトの通商禁止令は「大統領の策略」どころか、それは、一般人の中国への思いから自然にわきあがる発想であった。

とにかく、ハル議員の新聞連載記事には、数週間にわたり、日中戦争の話題が取り上げられた。10月21日、彼は金属くずや石油の通称禁止を具体的に挙げている:

『中国での戦力を維持するために、日本国民の装身具まで徴発され、その金属が軍需品の生産に使われている。その上、「贅沢品」の輸入は禁止されているようだ。しかも、その「贅沢品」の中には、我々にしてみれば、贅沢どころか、いたって日常的な品物が多い。

もちろん、日本の政府が禁止している輸入物の中には、アメリカからの綿、石油、金属くず、軍需品生産に必要な機械類などは入っていないのだ。つまり、日本の政府は自国民の生活水準を犠牲にするまで、自分たちの戦争への欲望を満たしてしまうつもりだ。

言い換えれば、日本の将軍たちは、自国の貧困問題に取り組むこと、戦死した兵隊の遺族を援助することなどより、空襲によって中国の女性や子供にさらなる損害を加えることを優先している。

戦争の悲惨さを常に味わってしまうのは、投機家ではなく、罪の無い大衆だ』

戦争の責任は、日本の政府と軍隊だけではなく、アメリカを含め、日本との貿易を通して暴利をむさぼっている国家や企業家たちにもある。この訴えはハル議員の記事に多く見られる。平和を取り戻すために、ハルは「経済制裁」のような政策を提案していた。それは、なかなか先進的な考え方ではあったが、残念ながら、現実にならないうちに、太平洋戦争が始まってしまったのだ。

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1 Comment

  1. 芋三郎

    このコラムを読んで、ハル議員を比喩的に代表させると、ハル議員が煽動して日米戦争を起こさせたかのようです。ハル議員は藤原正彦さんが言うところの成熟しない国民の代表となります。頭から善玉と悪玉と決めてハル議員は余りにも単純です。ハル議員をはじめあちこちに日中戦争を広げたい人がいたようです。

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