『よほどの文学好きでない限り、5世紀から15世紀までのヨーロッパの生んだ文学作品を3つ挙げられる人は少ないのではないでしょうか?
英文学も今では威張っていますが、有史以来1500年までの間にどんな作品が生まれたか。『カンタベリー物語』ぐらいしか浮かばないでしょう。』

「国家の品格」第一章より。

「いやー、それを言うんだったら、『カンタベリー物語』ではなく、『ベオウルフ』だろう」と、これを読んだ時に私は思った。

だが、古い英文学の代表作が『カンタベリー物語』だろうと、『ベオウルフ』だろうと、藤原氏のこの考え方もまた納得できない。純粋な無知からの発言なのか、相手を悪く見せることによって日本の古典文学をより美しく見せるために利用したカリカチュアなのか、私には氏の意図がわからない。だが、氏の言葉を通してすぐに連想させられた子どもの頃の思い出がある。

「僕のお父さんは君のお父さんより強いよ。いつだって吹っ飛ばせるぞ!」

喧嘩に自信のない幼稚園児の言葉として、このような言葉はアメリカでは有名だ。悔しさのあまり、思わずこぼしてしまう父への思いも伝わり、ある意味では可愛らしいセリフかもしれない。

ところが、「我々の文化の方が、そっちの文化より古くて、立派なんだ……」のように、このセリフが進化して、文化・文明の優越主義的な思想に繋がると、その可愛さはちっともなくなる。何となく、藤原氏の発言はこのような心理から出ている気がするので、普通だったら、相手にしたくもない。だが、ここでは見てみぬ振りをしたくても、カリカチュアを正すために、反論を述べよう。