GONOSEN-II

文学、歴史、時事問題。 とりあえず、私はこう思う。

「国家の品格」で見られる「わら人形」とカリカチュア (4)

以前、智子イズムという独特な思考法に触れてきた。ここでその特徴をもう一度挙げよう。

智子イズムを利用する人は:

① 細かい考慮を避ける。
② 素早く且つ大胆に自分と相手の個性や考え方を定義する。
③ ②の後には自分の主張をしまくる。

それから、細かいことに囚われないからこそ、智子イズムは便利な考え方であり、無知な人にとっても、一流の学者にとっても、否定できない魅力があるということについても触れてきた。

では、偽知識とステレオタイプという幻惑しか生み出さない智子イズムに、意図的な「わら人形論法」やカリカチュアを加えたら、議論はどうなるのだろうか?

それは、まるで火に油を注ぐような話だ。相手の主張はまるで理解しようとせず、わら人形だらけの、まったくでたらめな議論になるに違いない。自分と相手の個性や考え方を大胆に定義するだけではなく、自分を美しく見せながら相手をけなし、かつてなかった感情性も議論に伴ってくる。

しかも、漫画・映像・エッセイ集などにまとめられ、このような議論が一般に知られるようになれば、それはまるでウイルスのように伝染し、少数派、あるいは一人の著者の思想だったものは、「国家の幻惑」にまで拡大してしまうことが考えられる。

藤原氏の本には、正式な「わら人形論法」はないのかもしれない。氏が誰かの特定した意見に対して仕立てた反論を述べているのではなく、自分の意見を次々述べているだけだからである。だが、「国家の品格」を読んだ時、「えー、ちょっと待ってよ! そんな解釈はずるいんじゃない?」と思う箇所が非常に多かったので、私は氏の主張を「わら人形論法」と指摘することがある。

しかし、何と言っても、「国家の品格」で最も頻繁に見られるのは、欧米の文化や歴史についての「カリカチュア交じりの智子イズム」だ。藤原氏の主張はほとんどそうだと言っても過言ではない。次回は早速そんな例を見てみることにしよう。

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1 Comment

  1. 芋三郎

    ブレットさんご自身が、「智子イズム」こ陥っているということはないでしょうか。「アメリカ人ってこうなのよね」という「智子イズ」ムです。「日本人ってこうなのよね」と表裏して一体です。

    アメリカを人類の歴史の成果と見ているように見えます。アメリカの位置から見ると、アメリカに楯突いた日本は、民主主義の敵となります。それによって「戦前の日本はファシズムの独裁国家で暗黒時代だった」というようなイメージをお持ちになっているかのように見えます。アメリカもひとつの歴史です。

    今回は英語の教科書です。英語の授業では、昭和19年(1944年)になってもネルソン提督を教材にしていました。その年山本五十六に差し替えられました。英国の国歌も教材でした。これも昭和19年になって、戦時下において問題だとして衆議院に取り上げられ削除されることになりました。
     
    反対に言えば、こうしたことがエピソードになるほど、戦争のさなかにおいても、米英色の強いままの教科書だったということができます。英語の教科書ですから当然と言えば当然です。イギリスの茶会やテニスのことなど日常生活はそのままでした。

    ファシズムというイメージがあると、口を挟むこと自体ファシズムの一環となるでしょうけれど、戦時下ネルソンはないだろう、というのもひとつの見方です。
    一方、戦後、占領軍のアメリカは、検閲の痕跡も残さず検閲をしました。「閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本 :江藤淳著:文春文庫」

    占領下アメリカの民主主義は民主主義の敵はすべて抹殺するという民主主義のようでした。柔道も剣道も禁止です。

    英語科教育の歴史については江利川春雄氏の著書に詳しく載っています。

    「日本人は英語をどう学んできたか ー 副題 英語教育の社会文化史:江利川春雄著」
    http://books.google.co.jp/books?id=O8n6tp_q2U8C&printsec=frontcover&hl=ja&source=gbs_atb#v=onepage&q&f=false
    明治以降外国語教育史料画像データベース
    http://erikawa.s27.xrea.com/database2/search.php?mode=0&line=2198&sort1=syohan&sort2=none&sort3=none&dispstart=2160&dispnumber=20&where_word=&bunrui=T&title=&name=&syohan=&keitai=&hakkousya=&syozousya=

    海軍は当然のことながら、陸軍の幼年学校のおいても英語の授業は続けられていました。教材には、「King Arthur’s Knight, An American in Europe, ….などの課もあり、敵意を込めた記述はないと江利川氏は述べています。

    旧制中学や商業学校では、週5時間から7時間の授業があったようです。それが週4時間に減らされたのですから英語教師としては受難です。その代わり、支那語や満洲語、マライ語、軍事教練などが増えました。英語全体主義から見方が多様化したとも言えます。フランス語やドイツ語の検定教科書もありました。

    高等小学校(国民学校高等科)でも1割くらいの学校で英語を教えていたようです。小学校を卒業して入る職業系の学校でも2割くらいの学校で教えていて、昭和18年(1943年)の改訂版にはGeorge is a good boy mechanic.という課もあります。すでに英語教育の大衆化が図られていました。戦後、新制中学で英語が必修になったときに、教師確保など、スムーズに移行したのはこういう下地があったからだと江利川氏は分析しています。エリートコースの旧制中学は当然10割で、商業学校も10割、工業学校ではその9割で英語を教えていました。

    外国語を学ぶと他の見方ができます。日常生活が描かれていることで、イギリスやアメリカに良い印象を持ちます。一方、イギリスやアメリカの教科書を参考にすることで欧米が持っている偏見も刷り込まれることになります。欧米の教科書によれば、欧米人は文明人で日本人は半文明人となります。その下に未開人、野蛮人が続いています。従って、勉強をすればするほど欧米に対する劣等感を持つことになります。未開人、野蛮人に対する優越感も伴います。憤って、同情も生まれます。大アジア主義です。

    もちろん、ひとくくりにはできませんが、勉強して教養人になったということは、英語を勉強したということですから、欧米人に対する劣等感と共に欧米人に近づいた自分は、日本人に対する優越感を持つことになります。一昔前までは、英語ができる人はすごいとされる一方「英語屋」としてバカにされていました。

    明治以降、検定認可された英語の教科書の述べ数です。前掲書に掲載されています。

    中学校用1803件(54%)・実業学校用483件(14%)・高等女学校用435件(13%) ・師範学校用424件(13%)・高等小学校用187件(6%)

    現在より、認可点数が多くて多様です。 「ファシズム下の日本」では国定の教科書一種類と思われるかもしれませんが、一教科何種類もの教科書が発行されています。昭和15年(1940年)になって、日中戦争下物資不足により5種類に限定するよう通達が出たようですが、実際、通達にもかかわらずその後も何十種類も出ていたようです。

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